2010年06月14日

古代フリーメーソン

アダムメ―ソン

フリーメーソンは自由石工という意味で、その起源は古代の巨石文明を築いた建築家集団にある。
更にルーツを遡ると、エデンの園に石壇を造ったアダムがフリーメーソンの始祖だとされている。
もっと言えば、宇宙を設計して創造した絶対神ヤハウェがフリーメーソンの大王であるという。
これは人体の設計図を建設した「サムシング・グレート」と同一神である。

その建設技術は宇宙創造の叡智であり、ユダヤ教神秘主義「カバラ」と呼ばれている。
また、神が持つ人類愛がフリーメーソンの「友愛」の起源であり、アダムとイブの相互扶助が人類最初の「友愛」となった。
これを「アダムメ―ソン」という。

そして『旧約聖書』の預言者と呼ばれる人たちに、そのアダムメ―ソンのカバラの奥義が代々継承されてきた。
その最も偉大な作品が、アダムから7代目の預言者エノクが建設したエジプトの三大ピラミッド複合体である。
ピラミッドは地球の構造を再現した意識進化装置で、カバラの奥義を具現化したものだとされている。

カバラとは単なる建設技術ではなく、意識進化(宇宙創造=建設)を促す叡智なのだ。
それと同時に、地球の雛型であるピラミッドが神殿である以上、世界に神の王国を建設するのがフリーメーソンの目的なのだ。

やがて、カバラの奥義はノアに継承され、巨大な箱舟が建造された。
大洪水後、ノアは「セム」「ハム」「ヤフェト」という3人の息子にカバラを伝承した。
セムの妻は黄色人、ハムの妻は黒人、ヤフェトの妻は白人で、黄色人種の祖となったセムから「セムメ―ソン」、黒人種の祖となったハムから「ハムメ―ソン」、白人種の祖となったヤフェトから「ヤフェトメ―ソン」が誕生し、3つのフリーメーソンの活動によって大洪水後の地上にエデンの園が再建されることになった。

セムメ―ソン

その中で、ノアからカバラの奥義と全神権を継承したのは長男のセムであった。
セムメ―ソンは人類最古の文明とされるシューメール文明(初期バビロニア文明)を開花させ、さまざまな都市国家を樹立し、ジッグラトと呼ばれる神殿を建設した。
「創世記」に記されているバベルの塔は、バビロンのジッグラトが伝説化されたもので、階段ピラミッドのような建造物だったと考えられる。
最大規模のジッグラトはエラム王国のチョガ・ザンビール遺跡(現イラン)で、セムの長男エラムが建設した王国だったと考えられる。
保存状態の良好なジッグラトとしては、シュメール人都市国家の1つであるウル遺跡(現イラク)のものが挙げられる。

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その後、シュメール人はアッカドやバビロニアの侵攻を受けてアジア全域に離散した。
興味深い事に、中国神話の始祖「伏羲」「女媧」は、矩(直角定規)と規(コンパス)で大洪水後の新世界を設計したという話がある。
直角定規とコンパスは基本的な測量用具で、近代フリーメーソンのシンボルにもなっている。

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また、セムメ―ソンの一派はアメリカ大陸にも進出し、マヤ、アステカなどの文明を開花させ、階段ピラミッドを建設した。

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また、ウル出身のアブラハムはメルキセデク王から祝福を受け、絶対神の啓示に従ってアブラハム一行はカナンの地に向かった。

セムからアブラハムまでの系図は次の通りである。

セムは大洪水の2年後、100歳で3男のアルパクシャドを生んだ。
その後、セムは500年生きて、息子、娘たちを生んだ。
アルパクシャドは35歳の時に、シェラフを生んだ。
その後、アルパクシャドは403年生き、息子、娘たちを生んだ。
シェラフは30歳の時に、エベルを生んだ。
その後、シェラフは403年生き、息子、娘たちを生んだ。
エベルは34歳の時に、ペレグを生んだ。
その後、エベルは430年生き、息子、娘たちを生んだ。
ペレグは30歳の時に、レウを生んだ。
その後、ペレグは209年生き、息子、娘たちを生んだ。
レウは32歳の時に、セルグを生んだ。
その後、レウは207年生き、息子、娘たちを生んだ。
セルグは30歳の時に、ナホルを生んだ。
その後、セルグは200年生き、息子、娘たちを生んだ。
ナホルは29歳の時に、テラを生んだ。
その後、ナホルは119年生き、息子、娘たちを生んだ。
テラは70歳の時に、アブラムとナホルとハランを生んだ。

アブラムは絶対神から「アブラハム」という名を与えられた。
また、アブラハム一行はノアの曾孫エベルに因んで「へブル人」と呼ばれた。
尚、ユダヤの伝承では、メルキセデク王とセムは同一人物とされ、セムからカバラの奥義と大神権を与えられたのは「アブラハム」だとされている。
ここに、アブラハムを祖とする「へブルメ―ソン」が誕生した。

へブルメ―ソン

『旧約聖書』に基づけば、へブル人の王(へブルメ―ソンの預言者)であるアブラハムこそがアダムメ―ソン直系の正統継承者ということになる。
アブラハムの妻サラは不妊だった為、アブラハムはエジプト人女性ハガルとの間に長男「イシュマエル」をもうけ、その後、サラに子供が宿って「イサク」と名付けられた。
だが、イシュマエルがイサクをからかった為、ハガルとイシュマエルは追放される事になった。

そのイシュマエルの子孫をイシュマエル人と呼び、後にアラブ人を生み出した。
これを「イシュマエルメ―ソン」と呼ぶが、やがてアラブ人の中からムハンマドが誕生し、絶対神アッラー(ヤハウェ)の啓示を受けてイスラム教が誕生した。
イシュマエルメ―ソンはへブルメ―ソンの大神権を継承していない為、ムハンマドはへブルメ―ソンの正統な預言者ではないということになる。

アブラハムの後継者となったイサクは、カナン人女性リベカと結婚し、エサウとヤコブという双子の兄弟を生んだ。
ヤコブは兄エサウの受けるはずだった長子の祝福を横取りし、ヤコブがへブルメ―ソンの後継者となった。
また、ヤコブは天使と格闘し、神の勝者を意味する「イスラエル」という名前を授かった。
ここに「イスラエルメ―ソン」が誕生した。

イスラエルメ―ソン

イスラエルは4人の妻との間に12人の息子をもうけ、イスラエル12支族が誕生した。
イスラエルはへブル人とカナン人のハーフとして生まれたので、イスラエル人はへブル人とカナン人のハイブリッド民族だと言える。

カナンとはハムの4男で、ハムがノアの裸を見たことにより、カナンが呪われることになった。
普通に読めば理不尽な話だが、その呪いというのは「カナンはセムの奴隷となれ」ということである。
そのカナンの子孫をカナン人というが、もともとへブル人がウルからカナンの地へ移住してきたことで両者は交配し、ヘブライ語もカナン人から学んだものである。

さて、イスラエルは12人の子をもうけ、後にイスラエル12支族が形成されたが、イスラエルは誰よりもヨセフを愛して神権を授けた。
後にヨセフはエジプトに移住し、エジプト王の厚遇を得て宰相にまで昇り詰めた。

ここで重要なことは、エジプト文明の祖が、ハムの次男のエジプトだということである。
つまり、エジプト人はエジプトの子孫であり、カナン人と兄弟民族なのだ。
エノクが建設した三大ピラミッドと大スフィンクスを除いて、エジプトの巨石建造物の多くがハムメ―ソンの産物である。
厳密に言えば、エジプトを祖とするエジプトメ―ソンであり、その王(預言者)はファラオと呼ばれた。

イスラエルは両親と兄弟をエジプトに呼び寄せ、イスラエル民族(イスラエルメ―ソン)はエジプトで大いに栄えた。
だが、紀元前17世紀頃、メソポタミア地方の覇権を握っていたヒクソス人がエジプトを占領し、ファラオとして君臨した。
やがて、エジプト人の勢力が強くなり、ヒクソス人は追放され、イスラエル人は奴隷となった。
 
紀元前13世紀、エジプトに住んでいたイスラエル人の預言者モーゼがエジプトの宰相となり、同胞であるイスラエル民族を率いてエジプトを脱出した。
時のファラオだったラムセス2世は貴重な建設作業員(イスラエルメ―ソン)を取り戻す為、軍を派遣してイスラエルメ―ソンの後を追った。
しかし、モーゼが起こす奇跡によって、イスラエルメ―ソンはエジプト脱出に成功。

後にイスラエル王国が建設され、ベニヤミン族のサウルが王となった。
その後、ユダ族のダビデが王となり、ヒッタイト人の妻との間に生まれたソロモンが王位を継承し、エルサレム神殿が建設された。
ソロモンの死後、イスラエル民族は分裂し、10支族の北イスラエル王国と2支族の南ユダ王国に分裂した。

やがて、北イスラエル王国はアッシリアの侵攻を受けて壊滅し、10支族は歴史の表舞台から消滅した。
残った2支族(ユダ族・ベニヤミン族)をユダヤ人と呼ぶが、これを「ユダヤメ―ソン」と呼びたい。

尚、エジプトメ―ソンの末裔は、現在もピラミッド内で秘儀や瞑想を行なっている。

イエスメ―ソンと天皇

ユダヤ人は、ユダ族のダビデの家系からメシアが現れると信じていた。
そして、ダビデの子孫であるヨセフの子としてイエスが誕生した。
ユダヤ教エッセネ派の指導者となったイエスは、神の子を名乗り、パリサイ派を批難した。
エッセネ派のルーツは、「ソロモンの神殿建設」や「ピラミッド建設」に関わったイスラエルメーソンの中でも、「セラピス教団」と呼ばれる超神秘主義宗教だと考えられており、大工の子として生まれたイエスはまさに「フリーメーソンの王」だったのである。

しかし、イエスが従来のユダヤ教を否定している以上、ユダヤメーソンと呼ぶのは不適切であり、「イエスメーソン」と呼ぶことにしたい。
イエスの昇天後、イエスメーソンを継承したのは12使徒である。
また、イエスの啓示を受けて使徒になったユダヤ教徒のパウロが、キリスト教を組織し、後に使徒ペトロを初代教皇としてローマに「カトリック教会」を建てた。

これがキリスト教の正式な始まりだが、パウロもペトロもイエスの12使徒ではなく、極論言えば、イエスとキリスト教は無関係である。
イエスがカバラの奥義を伝授したのは、あくまで12使徒だった。
では、イエスメーソンを継承した12使徒はどこへ行ったのだろうか。

実は、起源4世紀に日本列島に渡来した秦氏が12使徒の末裔だという。
イエスと同じく馬小屋で生まれた大工の祖・聖徳太子も秦氏であり、「聖徳太子はいなかった」論というのがあるが、もしそうだとしたら、聖徳太子のバックにいた秦河勝こそが聖徳太子の正体であろう。

秦氏は天皇家と密接に結びつき、カバラの奥義をもって神社神道を形成した。
また、天照大神とイエス・キリストを重ね合わせることで、天照大神を皇祖神として神道の最高神に位置づけ、天皇家の祭祀を執り行ってきた。
秦氏の中核である賀茂氏の最高祭祀は12人であり、彼らが守護する天皇こそ「イエスメーソン」の王であり預言者なのだ。
それはちょうど、イエスと12使徒の関係に対応する。

では、天皇とは一体何者なのか……。
イスラエル10支族のガド族が「ミ・ガド(ガド出身)=帝」と呼ばれるようになったという説がある。
posted by チェンリー at 06:45| Comment(0) | フリーメーソンの起源 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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