2010年06月18日

真の闇帝王の正体を暴く

ナイトルシファーの思想がイルミナティや近代フリーメーソンと共通すると言っても、そこには大きな違いが存在する。
現在のイルミナティ系フリーメーソンの頂点に君臨しているユダヤ財閥は、日本支配に乗り出しているからだ。
ナイトルシファーは、彼らが築いてきた資本主義や石油文明に対抗する日本防衛軍である。

しかし、ナイトルシファーが日本を守れるかというと、実際問題そのような力はない。
だが、カバラと魔術を使えば決して不可能ではない。
カバラを使ってルシファーの封印を解くことで、日本人の大和魂を復活させ、それを魔術(神業)によって操作するのである。
空想めいた話に聞こえるかも知れないが、理論的に十分な根拠があるので心配は要らない。

まず、宇宙神霊アーリオーン(アリオン)という存在について説明しておこう。
アリオンは、ルシファーの双子の兄弟のミカエルの力の一顕現だという。
また、古代エジプトでは、シリウスがルシファーとして崇められていたが、アリオンはシリウスを軸としたオリオン星系を司るエネルギーだという。
更に、ルシファーは「明けの明星」で象徴されているが、アリオンも「明けの明星」を名乗っている。
アリオンはゾロアスター教の主神「アフラ・マズダー」でもあったと言っているが、アフラ・マズダーは「光り輝く者」の意でルシファーと一致する。
随って、アリオンもナイトルシファーの崇拝対象となっている。

そして、アリオンは次のように述べている。

「愛国の民を陥れたる真の闇帝王、封印に執着するも終わりを知る」

真の闇帝王とは、アマテラスの義弟の呪術集団である。
アリオンによると、アマテラスの義弟たちの数字は「四」で、彼らが隠れ、逃げ込んだ地域が四国だという。
その正体はズバリ、日本最古の神道祭祀氏族である「忌部氏」である。
アマテラスの義弟たちは、アマテラスの影にあり、日向族の実権を掌握していた。

「国造本紀」によると、伊勢国造は忌部氏であり、伊勢神宮の建設や大嘗祭の儀式に至るまで忌部氏が関わっている。
伊勢神宮に祀られる「天照大神」の正体はズバリ、イザナギとイザナミの娘「アマテラス」である。
イザナギ・イザナミは伊是名島出身で、鹿児島語は「a」を「e」と発音することから、本来の「イザナ島」が「イゼナ島」と発音されるようになり、更に、濁音のなかった時代には、「イゼナ」は「イセナ」と呼ばれ、「ナ」は古代の「国」を意味する名詞なので、「伊是名=伊勢国」となるのだ。

アマテラスの義弟たちは、アマテラスの影にあって、日向族の実権を掌握していたという。
また、忌部氏がいなければ、天皇は天皇になれなかったと言われている。
つまり、日向族の王(天皇)の背後で日本を支配してきたのが忌部氏であり、その支配体系を維持する為に出雲族の抹殺・封印が施されてきたのである。

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秦の闇帝王になったイエスメ―ソン

「真の闇帝王」であるアマテラスの義弟たち(忌部氏)は日向族の人間である。
彼らは「渡来系民族」の力を借りて、出雲族の封印に乗り出したという。
出雲族も日向族も「アマ族」と呼ばれる渡来人だが、ここで言う渡来系は「秦氏」のことである。
彼らはユダヤ人原始キリスト教徒「エルサレム教団」の末裔で、その中核が「イエスメ―ソン」である。

では、なぜ秦氏は忌部氏の出雲族封印に力を貸したのか……。
それは、両者が共通する部族だったからに他ならない。
忌部氏は王を影で動かす祭祀一族だった。
日向族の中核は南ユダ王国のユダヤ人だったというのが我輩の仮説だが、恐らく忌部氏は祭司レビ族の末裔だった。
一方、秦氏の中核であるイエスメ―ソンは「賀茂氏」と呼ばれているが、賀茂氏もレビ族だったと言われている。

通説によると、秦氏は4世紀中頃、九州北部に大量に上陸して連合国を成立し、高度な土木技術で日本文化の基礎を築いたという。
九州北部は日向国であり、忌部氏と秦氏が同盟を結んだということである。
秦氏の中核が忌部氏で、忌部氏の中の忌部氏が「賀茂氏」だという説があるが、真相は賀茂氏が忌部氏と提携して同化したのである。
但し、同じレビ族という意味では同族であり、同族同士の協定だということができる。

賀茂氏は「八咫烏」とも呼ばれているが、『先代旧事本紀大成経』に次のように記されている。

「八咫烏は天照大神の直属の組織を持つ使者であり、忌部氏の斉元神道を継承して天皇を守護する使命を持ち、鳥居を創建して全国の神社を取り仕切る」

高度な土木技術や建築技術を持つ秦氏は、文字通りフリーメーソンであり、中でもイエスが説いたカバラの奥義を継承する賀茂氏(イエスメ―ソン)は「秦の闇帝王」となったのである。
アリオンは、『日月神示』を降ろした神「ルシファー(国常立尊)」と同じ霊統だと名乗っているが、その『日月神示』には「この神に鳥居と注連縄は要らんぞ」と示されており、鳥居や注連縄が「封印」の型であることが明らかにされている。

また、賀茂氏は天皇家の祭祀を一手に握る裏神道の総元締めであると同時に、陰陽道の宗家でもあり、賀茂保徳や役小角、安倍晴明などの呪術者を輩出したという。
陰陽道とは、祟り神を東北(丑寅=艮)の方角に封印した呪術で、その為、祟り神は「艮の金神」と呼ばれて忌み嫌われている。
また、艮の方角を「鬼門」と呼ぶことから分かる通り、艮の金神は「鬼」である。

アリオンによると、「スサノオは艮の金神とも呼ばれている」という。
『日月神示』では、艮の金神は龍神の総大将「国常立尊」だとされている。
封印された龍神の総大将とは「ルシファー」のことであり、スサノオの堕天神話とルシファーの堕天神話の一致から検証すると、以下の等式が成り立つ。

「スサノオ=艮の金神=国常立尊=ルシファー」

それは、鬼・祟り神・悪神・堕天使・サタンなどと呼ばれ、闇の帝王たちが日本列島に施した大規模な呪術によって封印されてきたということなのだ。
それによって、日本人が本来の力を発揮できなくされてしまったのだ。
極論言えば、日本は呪われて建国された国だったのである。
我々はまず、真の闇帝王の呪いを解き、封印を解くことに全力を上げる必要がある。
posted by チェンリー at 08:09| Comment(8) | 真の闇帝王と出雲族封印の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月19日

改竄された日本の古代史

アリオンは言う。

「日本という国の成り立ち、歴史、その他色々なことがその時々の為政者によって、隠され改竄されてきたが、もうこの国の魂はそれを許せなくなってきている」

詳細は神仙組に譲るが、まずは古代史の流れを把握しておいて頂きたい。

「出雲の国譲り」で分かる通り、出雲族は日向族に政権争いに敗れた。
古今東西、戦争は敗者が「悪」とされるのが通例である。
スサノオ率いる出雲族も、まつろわぬ者「鬼」として抹殺された。
出雲は島根県で、その下に「桃太郎」で有名な岡山県があるが、壱岐島が鬼ヶ島であり、桃太郎は「真の闇帝王」なのだ。

そしてスサノオは、ニギハヤヒに王位継承の証である「十種神宝」を継承して大和に送り込み、ニギハヤヒは大和の偉大な大王となった。
神武天皇の東征神話は「アレクサンドロスの東征」伝説の投影だが、アレクサンドロス(双角王)の名乗りを受け継ぐ牛頭天王(スサノオ)の系統であるニギハヤヒの大和入りが、日本史に於ける正真正銘の「神武東征」だった。

大和の豪族の長だった長髄彦は、妹の三炊屋姫をニギハヤヒに差し出し、ニギハヤヒに仕えるようになった。
「三」は日向族を象徴する数字なので、長髄彦は日向族だったようだ。
長髄彦がニギハヤヒを迎え入れた理由は、ニギハヤヒが「十種神宝」を持っていたからだろう。
ニギハヤヒと三炊屋姫の間には、ウマシマジ、タカクラジ、イスケヨリ姫が生まれた。

ニギハヤヒ亡き後、日向国からイワレヒコが大和入りし、イスケヨリ姫と結婚した。
それによって、スサノオ、ニギハヤヒ、ウマシマジに継承されてきた「十種神宝」がイワレヒコに渡り、イワレヒコが神武天皇にすり替えられたのである。
記紀が伝える神武東征を導いた八咫烏は「賀茂氏」である。

「八」は出雲族の象徴だが、なぜ賀茂氏が八咫烏を名乗るようになったのか……。
それは正統な皇位継承権を持つ出雲族の子孫だと思わせる為の政略であり、また、「八」という数字によって出雲族の呪いを受けない為なのだ。

やがて、推古天皇の時代となり、聖徳太子が摂政となった。
聖徳太子は秦氏であり、天皇を影で支える正体不明の謎の人物である。
既にお気づきの通り、聖徳太子と呼ばれる伝説の人物は「闇帝王」の子孫である。

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聖徳太子は蘇我馬子らと共謀し、大量の古文書の焚書を行ない、日本の古代史を抹殺した。
蘇我氏のルーツにも諸説あるが、秦氏一派である事は間違いなく、賀茂氏や三輪氏と同族だったはずである。
事実、蘇我馬子と聖徳太子は同族で、聖徳太子にイエス・キリスト伝説が重ねられているように、蘇我馬子も「我は蘇った馬小屋の子=イエス・キリスト」を意味する名前なのだ。

聖徳太子の仏教奨励策によって仏教文化が栄え、蘇我馬子とともに四天王寺や法興寺、法隆寺の元となる寺などが建設された。
日本大工の祖と呼ばれる聖徳太子は文字通りフリーメーソンであり、イエスメ―ソンのグランド・マスターだった。

しかし、神社神道を牛耳る原始キリスト教徒の末裔である秦氏が、なぜ仏教を信仰して広めようとしたのか。
『仏教の中のユダヤ文化』という本によると、使徒トマスがインドへ原始キリスト教を伝えたとき、シャカが説いた仏の教えは一般衆生を救う大乗仏教へと成長し、シルクロードを通って倭国へ伝来すると、まったく新しい「日本仏教」を生み出したという。

また、仏教と共に道教も日本に伝来し、艮の方角に「鬼」を封印する陰陽道に発展した。
更に蘇我氏は、先進技術を取り入れる為、渡来系氏族と深い関係にあった。

仏教が盛んになるにつれて疫病が流行り出し、排仏派の「物部氏・中臣氏」は「舶来の仏教を持ち込んだ為の神罰だ」と、崇仏派の「蘇我氏」を非難攻撃し、寺を焼いて、仏像を難波の堀江に投じたりした。
それによって蘇我氏と物部氏の亀裂が深まり、「和を以て貴しと為す」仏教的平和主義に基づく憲法を制定した側の蘇我馬子が、物部守屋を殺害して物部氏を滅ぼした。
その後も焚書は徹底的に行われ、歴史の改竄は進められた。

ところで、中臣氏は忌部氏と共に神事・祭祀を司った日向系氏族だが、ニギハヤヒを祖とする物部氏と共に「排仏派」となって蘇我氏と対立したのは何故なのか。
明確な理由は不明だが、単純に仏教を受け入れられなかったとしか考えられない。
そして、中臣鎌足が藤原氏の祖となり、次男の不比等が藤原姓を受け継ぎ、各地の古文献を没収して『記紀』の改竄に大きく関与したという。
その後、藤原家は勢力を拡大し、天皇家の系図に深く入り込んでいった。
それと同時に本流の中臣氏も繁栄し、現在でも皇室の祭祀を取り仕切っている。
posted by チェンリー at 18:28| Comment(1) | 真の闇帝王と出雲族封印の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

呪われて建国された国「日本」

アリオンは、こう言っている。

「桓武の夢を一度は叶えた国民よ、此度は思いとどまれよ」

桓武天皇は奈良の平城京を捨て、新たな都を建設することを宣言した。
その理由については諸説あるが、怨霊を恐れての事だったらしい。
桓武は天皇に即位するまでに、政治的謀略を重ね、邪魔者に無実の罪を着せて流罪や暗殺、兄弟にまでその魔の手は伸びた。

遷都計画は藤原種継が仕切り、遷都先は種継の母の実家がある秦氏の根拠地である山背国(京都)に決定し、新都は長岡京(現在の京都府長岡京市)と命名された。
遷都から間もなく、藤原種継暗殺事件が起きた。
まず、大伴竹良らがまず逮捕され、取調べの結果、大伴継人や佐伯高成ら十数名が処刑された。
首謀者は、『万葉集』の歌人で有名な大伴家持で、種継暗殺後、桓武天皇を退位させ、桓武天皇の皇太子だった弟の早良親王を即位させる計画だったという。

そして、早良親王は皇太子の位を剥奪されて淡路島に流されたが、早良親王がこのクーデターに一枚噛んでいた証拠は全くない。
それどころか、遷都に反対する保守派を一掃する為の、桓武天皇の謀略だったことが判明している。
淡路島に流された早良親王は、一切の食事を拒否して憤死した。

翌年、桓武天皇の妻・藤原旅子の母が死亡し、その2年後に旅子も死亡。
その翌年は桓武天皇の母・高野新笠が死亡し、その3ヶ月後に皇后の乙牟漏が死亡、その4ヶ月後には夫人・坂上又子が死んだ。
更に疫病が大発生し、次々に死者が出て、安殿親王も病に倒れた。
陰陽師によると、全ては早良親王の祟りであり、祈祷や伊勢参りや、その他あらゆる手段で祟りを鎮めようとしたが、そこで長岡京に大洪水が発生し、首都機能は完全にストップした。
恐怖の絶頂に達した桓武天皇は、再び遷都を断行する。
藤原小黒麻呂を造営長官とし、風水、奇門遁申、呪術を駆使して、怨霊を完全に封じた結界都市「平安京」が建設された。

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しかし、この平安京の遷都は、最初から最後まで、全てがシナリオ通りの陰謀だったという。
その陰謀者は、決して表には現れない秘密結社「山背派」。
その中核である平安京遷都計画の真の黒幕は「藤原氏」だという。
天皇家の系図には藤原氏が名を連ね、一条・近衛・冷泉などの支族を含めると、藤原氏は日本のエスタブリッシュメント(支配者階級)であり、その構造は現在でも変わっていない。

話は飛鳥時代に戻るが、中臣鎌足(藤原鎌足)と中大兄皇子(後の天智天皇)のクーデターにより、蘇我氏本宗家が滅び、飛鳥の豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと転換した。
世に言う「大化の改新」である。
その後、天智天皇の弟である天武天皇が即位し、平城京は天武天皇の血統で固められた天武王朝だった。
ところが最近の研究では、天武天皇は天智天皇の弟ではないことが分かっている。

藤原氏がまず行なった事は、天皇家を天武系から天智系の血統に移行させる事だった。
天武系の称徳天皇の死後、藤原氏は天智系の光仁天皇を即位させ、山部皇子(後の桓武天皇)を謀略によって皇太子に即位させることに成功。
更に、井上皇后と本来の皇太子である他戸皇子に無実の罪を着せて幽閉し、その後、2人も謎の死を遂げている。
そして桓武天皇が即位すると、天武系勢力は抹殺・追放され、完全に一掃された。

今年の1月2日、たまたま視ていた歴史番組でやっていたが、天武天皇は大和王権の霊力を利用し、日本(ニッポン)の国号を決めた天皇だという。
大和王権の霊力とは、封印されたニギハヤヒの霊力に他ならない。
スサノオ・ニギハヤヒは、ガド族の王である。
日ユ同祖論者の小谷部全一郎氏によると、ガド族の祖「ガド」の息子に「ツェフォン」がいるが、ヘブル語で強く発音すると「ゼッポン」で、日本を呉音で「ジッポン」と発音する。
つまり、ニッポンの語源が「ツェフォン」だと言うのだが、天武天皇の時代まであまりにも離れ過ぎている。
だが、無関係とは言い切れないのも事実で、騎馬民族王朝説の江上波夫氏は、記紀で任那が「任那日本府」と記されていた事に注目した。

任那は騎馬民族(イスラエル10支族)が、日本上陸前に朝鮮半島の南端に建国した辰王の国である。
出雲族〜物部氏の中で、日本(ニッポン)という国名が受け継がれていた可能性は大いにある。
更に、蘇我氏に滅ぼされた物部氏は大和朝廷から姿を消したが、672年の壬申の乱に物部雄君が天武天皇の武将として大功を上げ、物部氏から石上氏と改めている。
結論として、天武天皇は物部系だった可能性があるのだ。
そうすると、藤原氏がそれを一掃しようとした理由も氷解する。

ちなみに、ニギハヤヒは大和の偉大な大王となったが、ニギハヤヒが「ヤマト」という言葉を作ったわけではない。
ヤマトの語源は、イエスの時代のユダヤ人言語の「ヤ・ウマト(神の民)」だという説があるが、だとしたら、ニギハヤヒを封印した後に大和朝廷を樹立したイエスメ―ソン(秦氏)が作った国名である。

話を戻すが、秘密結社「山背派」の黒幕が藤原氏だったという事だが、その裏に真の黒幕が存在するという。
それは既に述べた通り、山背国が秦氏の拠点だったからであり、遷都によって莫大な利益を上げることが可能だったからだ。
藤原種継の母は秦氏であり、種継も秦氏の血を引く者であり、遷都プロジェクトを指揮したのは他ならぬ種継だった。
山背派の人間は表向きは他の氏族でも、秦氏の血を引く者がかなり発見できるという。

それもそのはず、山背は後に「山城」になったが、山背も「ヤマシロ」と読む。
本来は「山代」と書くはずだが、なぜ「シロ」とは読めない「背」という当て字を使ったのか……。
それは「ヤマダイ」と呼ばれることを恐れたからである。
ヤマダイとは「邪馬台」であり、彼らは邪馬台国(日向国)の後継者なのだが、ある理由によって記紀からその存在を削除したのである。

さて、桓武天皇の母・高野新笠の先祖を辿ると、百済王氏という渡来系氏族に行き着く。
百済王氏の拠点は南山背(長岡京)にあり、秦氏と同じ渡来系豪族ということで深い繋がりを持ったらしい。
桓武天皇自身も山背派の人間で、秦氏と強い結び付きがあったという。
実は、秦氏も百済系渡来人で、百済から伽耶を経由して日本に渡来した。
だが、平安時代を境に、秦氏は歴史の表舞台から名前を消していった。
まるで、封印された出雲族を演出するかのように……。
しかし、秦氏は滅びたわけではなく、姓を変えた支族が権力中枢と結び付き、天皇や政治経済を裏から動かしている「真の闇帝王」なのだ。

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「アーリオーン・メッセージ」より

――わずか十年の間に長岡京・平安京と二度も遷都をした直接的な動機は、殺した親族の怨霊から逃れる為であった、とさえ言われる。
また、坂上田村麻呂を征夷大将軍として東北に派遣し、多くの蝦夷を討ち滅ぼした。
アリオンによると、このとき征討された蝦夷は出雲系アマ族の子孫であった。
さらに、桓武天皇には朝鮮半島から来た渡来系民族の血が流れていた、という事実がある。
桓武天皇以後、天皇の側近や朝廷の高位に多くの渡来系民族が登用されるようになり、日本は徐々に渡来系民族に牛耳られていく。
渡来系民族の繁栄に反比例して、日本固有の民族的エネルギーは徐々に衰退していった。
桓武天皇が志したような「渡来系民族による日本の支配」という夢を、もう叶えてはならない、というのが、このメッセージの趣旨の一つだと考えていいだろう。
仏教を奨励した桓武天皇は、日本の祖土に仏教様式の建築や仏像を作り、京の都に並べ建てた。
そして、仏教の影響を受けた日本の民は、次第に「カムナガラノミチ(神慮のままに人為を加えぬ日本固有の道)」である神道から外れていくことになった――


「桓武の夢を一度は叶えた国民よ、此度は思いとどまれよ」

国民が何を指すのかは、もうお分かりだと思う。
日本は建国当初から渡来系勢力に乗っ取られて、呪われ続けて来たのである。

『日月神示』には次のように示されている。

「仏教の渡来までは、わずかながらもマコトの神道の光が差していたのであるなれど、仏教と共に仏魔渡り来て、完全に岩戸が閉められて、暗闇の世となったのであるぞ、その後はもう乱れ放題、やり放題の世となったのであるぞ、これが五度目の大きな岩戸閉めであるぞ」

これは仏教が悪いという意味ではなく、古代史を改竄して国津神を封印し、仏教を広めて本来の日本精神であるカムナガラの道を退廃させた「聖徳太子一族」から始まる「桓武天皇」を指し、そのバックには秦氏集団が活躍(暗躍)していた。

アリオンのメッセージには「過去・現在・未来の3つの話がある」らしいが、現代に於ける「桓武」も壮絶な仏教の釈仏を行ない、神道を糾弾し、中国共産党や反日諸国と深い接点を持つ国賊である。
だが、それは秦氏ではない。現在の桓武も皇室に侵食しつつある。
それに対して秦氏は反対勢力を動かし始めた。
マクロな視点で見ると双頭戦略であり、これも神芝居なのだと思う。

聖徳太子を例に挙げれば、偉人と極悪人は紙一重である。
善と悪の関係については今後詳述する必要があるが、「岩戸閉め」も物質界完成の為に必要な神の経綸(計画)で、聖徳太子が悪人という意味ではない。
ただ、知っておく必要があるのは、2支族のユダヤ人である現天皇家と秦氏は、同族である「ロスチャイルド家」と同様の役目を果たしてきたという事である。
東西に別れた2つのマイナスのメシア(反キリスト)の融合が実現して、「イエス・キリスト」が再臨するという言い方も出来るかも知れない。
人間界に於いての「再臨のイエス・キリスト」とは、真のフリーメーソンであるスメラミコト「ニギハヤヒ」の復活である。

尚、ニギハヤヒは三輪山に葬られたが、三輪山は賀茂氏と同族である三輪氏を象徴する山である。
アリオンによると、三輪山はピラミッド建築になっているが、改めて述べるまでもなく彼らはフリーメーソンである。
ピラミッドを建設するのがフリーメーソンなら、ナイトルシファーは認識界に於いて「黄金太陽」を建設するフリーメーソンである。
黄金太陽とは、△(出雲族)と▼(日向族)を融合させた正八面体で、それによって真の天照大神「ニギハヤヒ」を復活させるのである。
ナイトルシファーは、日向族及び闇帝王を敵視するのではない。
「万有の平和と安寧への道」を先導するのが八咫烏だからである。
posted by チェンリー at 23:55| Comment(6) | 真の闇帝王と出雲族封印の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月25日

ヤタガラスの陰陽道が世界を救う!

ヤタガラスについて様々な情報が飛び交っているが、我輩の見解は一般に流れている情報と大きく異なる。
ナイトルシファーは宗教ではないので、我輩の仮説を信じる必要はないが、よく検証して頂きたいと思う。
かつて我輩は、独自の研究の末、京都の神社巡りによって史実に関するインスピレーションを得た。
それによって様々な謎が氷解し、当時のブログで公表した晩に強力な金縛りにかかった。
その頃は既に魔界を征服した後だったので、我輩を金縛りにかけられる霊は並大抵ではない。

霊の存在は複数見えて、直感的にヤタガラス霊団だと感じた。
金縛りは陰陽道の呪術によるものだと思われたが、我輩は必死で抵抗しながら渾身の力を振り絞って意志を伝えた。
すると、その霊団は獣の説得に応じたようで、金縛りが解け、翌朝の散歩でカラスの羽根を拾った。
我輩が知ったその史実は、昨年「神仙組外典」と「ナイトルシファー」のブログで改めて公開した。
そして、この度の東北関東大震災によって岩戸が開かれ、積極的に史実を広める時が到来したと判断している。
「史実」とは言うものの、獣の仮説であるが、まず限りなく史実に近いと確信している。
自分なりに突っ込み所のない理論体系であり、その理論をもってして歴史の謎解きが出来るからだ。

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ヤタガラスとは……神武天皇の東征の際、熊野から大和に導いた3本足のカラスで、
その正体は「賀茂建角身命」だった。
賀茂建角身命は天照大神の勅命で、日向国の曾の峰(高千穂の峰)に天降った人物で、『鴨氏始祖伝』によると、一族は高千穂に住みついたという。
賀茂建角身命が、日向族と結びついた渡来人である事は想像に難しくない。
渡来人といえば「秦氏」を思い起こさせるが、両家は同じ一族である。

全国の稲荷社の総本山「伏見稲荷大社」を創建したのは「秦伊呂具」だが、賀茂氏の伝承によれば、秦伊呂具は元は「賀茂伊呂具」といい、その兄弟「賀茂都理」は後に「秦都理」を名乗っている。
つまり、彼らは同じ一族で姓を使い分けていたのである。

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また、下鴨神社の祭祀を執り行っていたのは秦氏だったが、賀茂氏が秦氏の婿となり、祭祀権が賀茂氏に譲られたと伝承されている。
飛鳥説によれば、秦氏はユダヤ人原始キリスト教徒で、賀茂氏は祭司集団のレビ族だったという。
我輩の仮説では、出雲族はイスラエル10支族の流れを汲んでおり、日向族は2支族のユダヤ人系だった。
秦氏が日向族に協力したことは自然の流れだったのだ。
賀茂建角身命は日向族の族長(神武天皇)を先導して、ニギハヤヒが統治していた大和に移住したのである。

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但し、獣説では、真の神武天皇は「ニギハヤヒ」で、『記紀』に登場する神武天皇は「神日本磐余彦尊」で、
神武天皇(ニギハヤヒ)亡き後、初代天皇である「神武天皇」にすり替わったのである。
この部分は非常に重要なので、頭に入れておいて頂きたい。

聖徳太子は「ヤタガラス」を組織したと言われているが、これは神武東征を先導した賀茂氏の子孫で、聖徳太子自身が賀茂一族だったと考えて良い。
聖徳太子は実は3人だったという説があるが、その中の1人が秦河勝だったことはほぼ間違いない。
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聖徳太子が組織した「ヤタガラス」は現在でも続いており、イエスに12使徒がいたように、天皇を守護するヤタガラスの中枢は12人編成だという。
中でも中心となる3人を「大烏」と呼び、この三位一体が「裏天皇」の役割を果たしているという。
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つまり、聖徳太子は、初代・裏天皇だった可能性が高い。
彼らは裏神道の総元締めであり、陰陽師の大家である。
陰陽道は「スサノオ」を鬼門に封印した呪術でもある。
陰陽師と言えば安倍晴明が有名だが、
安倍晴明は賀茂氏の血を引いている事でも知られている。
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そして、言霊学では「アオウエイ」が順天宇宙律で、「アイウエオ」は逆天宇宙律だとし、出口王仁三郎は次のように述べている。

「アオウエイをアイウエオというようになったのは安倍晴明の頃からである」

忌部氏はもともと日向族で、四国に潜伏したアマテラスの義弟たちだった可能性が高い。
秦氏は後から入ってきた渡来人だが、日向族と提携した為、忌部氏も秦氏と密接に関連しているのは確かだが、もともと同族だった訳ではない。
だが、忌部氏も秦ネットワークと定義しても間違いではない。
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もし、忌部氏の祖が物部氏だとしたら、物部氏と蘇我氏の対立が説明できず、その他、様々な矛盾が生じる事になる。
物部系最古の神社と言われる石上神社の主祭神は、現在は「布都御魂大神」だが、かつては「布都御魂大神」「布留御魂大神」「布都斯魂大神」だった。

布都(フツ)の子が布都斯(フツシ)で、その子が布留(フル)である。
『日本書紀』で朝鮮半島から日本に渡ってきたスサノオが「フツ」である。
そして、アリオンが言うスサノオが「フツシ」で、その第5子の後継者ニギハヤヒの幼名が「フル」である。
また、ニギハヤヒ亡き後の大和朝廷での物部氏を見ると、日向族(忌部氏・三輪氏・秦氏含む)ではないことは明らかだ。

余談だが、石上神社のいくつかの写真を見ていると、去年、体脱で行った謎の神社に似ている気がする。
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忌部氏は秦氏と協力して出雲・物部を封印した中心勢力である。
日本で最も古いと言われている物部氏の神社は、秦氏の神社と比べて圧倒的に少ない。
だが、秦氏の神社である京都の「蚕の社」「大酒神社」「加茂神社」「伏見稲荷大社」は、元々は物部氏の神社だったことが判明している。
つまり、物部氏の神社は秦氏に乗っ取られていったのである。
ニギハヤヒには「大物主」という別名があるが、物部とは「大物主の部族」と言ったところだろうか。

ここで、興味深いブログを発見したので一部紹介したい。
http://intec-j.seesaa.net/article/19538036.html

鴨氏が禰宜を背負ってくる――
これは鴨氏が全国の神社に息のかかった禰宜を送り込むという意味なのです。
いくら賀茂氏といえども、最初から全国の神社を仕切っていたのではなく、
神職の人間を送り込んで、元々あった神社を次々と乗っ取っていったのです。
これに従わない場合は、おそらく武力をもって神官を追い出し
追放するということもやったと思われます。
藤原不比等が古代にあった唯一神道を封じたウラには、
賀茂氏と組んだ大規模な神道再編計画があったと考えられるのです。

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かつて獣は、前ブログの初期で、「ヤタガラス=反キリスト」説を提唱した。
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/124250808.html
ある意味、それは事実だと思うからそう書いたのだが、今回の岩戸開き(震災)によって、ようやく詳細が発表できる時が来たのだ。

時の陰陽師(ヤタガラス)たちは、出雲族を封印し、物質文明を完成させる為、逆天宇宙律「アイウエオ」の言霊で地球滅亡の危機的状況を作り出してきた。
歴史を改竄した聖徳太子の事を、獣は「悪徳太子」と呼ぶ事があるが、聖徳太子は救世主としての能力も高かったことを「神仙組1」で書いてきた。
出口王仁三郎や隈本確も述べている通り、悪魔としての能力が高い者は救世主としての能力も高い。

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元々、出雲族を封印したのはアマテラスの義弟たち(真の闇帝王)である。
獣説では、日向族は2支族のユダヤ人系を中心として構成されており、そこにユダヤ系渡来人「秦氏」が結び付いたのだ。
アリオンによると、「真の闇帝王は四国に潜伏した」…という事は、彼らが忌部氏となった可能性が高い。

忌部氏と関係の深い剣山のある徳島県は「解く島」である。
古代呪術を使う「忌部氏」と、秦氏の核となるユダヤ教祭司集団レビ族「賀茂氏」が深く結び付いた事は想像に難しくない。
その証拠に、賀茂氏も忌部氏も天皇の祭祀を執り行う氏族となっている。

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さて、『日月神示』には次のように示されている。

「残る一厘は悪の中に隠してあるぞ」

これは様々な解釈が可能で、実際に複数の意味が込められているが、ある意味、ヤタガラスが「一厘の秘密」を握っているという解釈も出来る。
それは「最後の封印を解く鍵」と言い換えても良いだろう。

「ニギハヤヒは日向族をもって飾られるべし」
(アリオン)

「ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使ひぞ。
ひむかは神の使ざから、九の道を早う開ひて呉れよ、早う伝へて呉れよ」

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日向の読み方が「ひむか」で、九は「ニギハヤヒ」の象徴数である。

「愛国の民を陥れたる真の闇帝王、封印に執着するも終わりを知る」

アリオンは、日向の血を引く者が自ら気づいて封印を解きに行くだろう

これは日本列島に施された物理的な封印を意味するが、その「日向の血を引く者」とは、封印を施した忌部氏と賀茂氏の子孫、つまり「ヤタガラス」と呼ばれている人々である事は間違いないだろう。

それともう1つ、「言霊」である。
それによって、彼らは最後の封印を解いて、男神・天照大神(ニギハヤヒ)を降臨させるのだ。
これがイエスのいう「キリストの再臨」であり、釈迦が予言した「弥勒下生」である。
それは「真の神武天皇」の復活である。
この救世主を再臨させるのも「救世主」である。
それが、聖徳太子一族の子孫であるヤタガラスの使命なのだ。
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つまり、ヤタガラスが「救世主」に反転するのだが、既にその反転は始まっていると思われる。
だが、ネット上で出回っている話はデマだと思った方が良い。
我輩の霊的アンテナ(第3の目)では、誰かの創作だという事はお見通しだ。
いずれにせよ、「ヤタガラスの陰陽道が日本を救う」と言っても過言ではない。

そして、たまたま画像検索でこのような本を発見した。
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ヤタガラスが日本を救うのなら獣は用なしだと思うかも知れないが、その考えは早計である。
ヤタガラスの反転は、ヤタガラス霊団の反転の結果である。
そして、ヤタガラス霊団を反転させたのが我輩なのだ。
更に、全国のヤタガラス関係者が、このブログを読んで参考にしている可能性もある。

その想いを込めて、去年の春に以下の俳句を作った。

八咫烏 足元照らす 賀茂祭り

太陽神の遣いであるヤタガラスが、
真の神武天皇の足元を照らして先導するという意味である。
http://haiku-tengoku.seesaa.net/

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いずれにしても、ヤタガラスが日本を救うことは世界を救うことに繋がり、それは「ナイトルシファーの趣旨・目的」とも一致する。
ナイトルシファーの結社員は勿論、神仙組と神泉組の組員は、至福千年王国(ミロクの世)建設プロジェクトに参与する救世主なのだ。
もし、汝が自分で自覚していなくても、このブログを読んで何か感じるものがあるならば、汝の魂が影響を受けている証拠である。

それによって、魂から発信される数々のインスピレーションの1つでも実行に移すなら、汝は立派な千年王国建設作業員(フリーメーソン)である。
「ナイトルシファー」は霊的ネットワークで結ばれている「組織なき組織」で、結社員随時募集中なので、投票を入れるような軽い気持ちで入会して頂きたい。
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posted by チェンリー at 18:35| Comment(17) | 真の闇帝王と出雲族封印の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

日月神示が示す「イエス・キリスト」再臨の年

謹賀新年、本年も宜しくお願い申し上げる。

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我輩のブログ「神仙組1」に載せている記事で、今年の為のものがあるので、ここに転載しておきたい左斜め下
http://mujaki666.seesaa.net/article/125404458.html


日月神示は、ガイア意識「国常立尊(スサノオ)」からのメッセージだが、「日月」とあるように、「天照大神」「月読命」からのメッセージでもある。
つまり、「大日月地大神」であり、究極的には宇宙の根源神「天之御中主神」からの啓示だともいえる。
『日月神示』によると、天の岩戸が開いて「ミロクの世」になるという。
そして、次のようなヒントが示されている。

「天明九十六歳七ヶ月、開く」

天明が九十六歳七ヶ月(当時は数え年)まで生きていたとすると、それは「1993年8月」に当たり、その時に「天の岩戸」が開けるということになる。
つまり、天照大神のお出ましである。
太陽神「天照大神」の岩戸開きの次には、地球神である荒ぶる神「スサノオ」が鬼門の封印を解いて現れることになる。
それは、天の岩戸開きによる朝日と共に、日出ずる国「日本」の時代の幕開けを暗示する。

『日月神示』には「地震、雷、火の雨降らせて大洗濯する」と示されている。
国常立尊は地球意識であるが、世界の雛型である日本を中心とした世界の神である。
そして1995年1月17日、阪神大震災が起きた。
スサノオが八岐大蛇の八つの首を切り落とした伝説に因む神戸(こうべ=頭)に、一宮から八宮までの地名が付けられている。
その阪神大震災によって、神戸(神の岩戸)が開かれ、鬼門に封印されていたスサノオ(国常立尊)が目覚めたのだ。
つまり、1993年8月に天の岩戸(太陽)から出てきた天照大神が、地球のアマテラス国家である日本を目覚めさせたのだ。
しかし、すぐにミロクの世になった訳ではない。

「今度の岩戸開きの大望済みたとて、すぐに良いことばかり無いのざぞ」

では、それはいつまで続くのか。

「三年と半年、半年と三年であるぞ」と示されており、それは聖書の「艱難の7年」と一致し、天の岩戸が開いた1993年8月から数えて西暦2000年8月までを指す。
今まで聖書の預言を検証していて、西暦2000年に終末を迎えるという結論になったのは、その為だ。
では、いつからミロクの世になるのか……昭和24年に次の神示が降ろされている。

「五十二歳、二(つぎ)の世の始め」

昭和24年生まれの子供が52歳(数え年)になるのは、西暦2000年である。
つまり、西暦2000年8月には、ミロクの世が始まっているはずなのだ。
しかし今の世の中を見て、ミロクの世が始まっているとは思えない。

日月神示には、その理由が示されている。

「一度に立て替えすると世界に大変が起こるから、延ばし延ばしにしているのざぞ。
目覚めぬと末代の気の毒できるぞ」

「12年おくれているのを取り戻すのであるから、これからは目の廻る程忙しくなってくるぞ」


つまり、「2012年8月頃」に延期されたということになる。
これは、私が予測している「ハルマゲドンとイスラエル10支族の帰還」の時期とほぼ一致する。

そして神示には、こう示されている。

「立て替え、立て直し一度に来ている」

「この世の終わりは神国の始めと思え臣民よ」


つまり、「この世の終わり」と「神国の始め」が同時進行で展開していくのだ。
そして、ミロクの世になるのは「2012年」からである。
国常立尊は「龍神」として表現されているが、神示にはミロクの世の始めの年が示されている。

「新しき御代の始めの辰の年、あれ出でましぬ隠れいし神」

「新しき御代の始めの辰の年、スメ大神の生れ出で給ひぬ」

「辰の年はよき年となりているのざぞ、早う洗濯してくれよ」


2012年は、ピタリ「辰年」である。
2012年から「ミロクの世」が始まると言っても、2012年の年明けから「ミロクの世」が始まる訳ではない。
2012年12月22日がマヤ暦の「第5の太陽の時代の終焉」で、翌23日がタイムウェーブ・ゼロ理論の「時間の終焉」であるなら、2012年の年末が「ミロクの世」の幕開けという事になるだろう。
結局、2012年12月25日、つまり、2013年頃から「ミロクの世」が始まると言う事になる。

私の仮説が正しければ、2012年7月17日頃に天の岩戸(びっくり箱)が開く事になるが、そうするとどうなるか……。

「びっくり箱あくと、神の規則通りに何もかもせねばならんのぞ、目あけて居れん人出来るぞ」

「ヨハネの黙示録」にも、イスラエル10支族の帰還後、「神の印のない者を5ヶ月の間苦しめる」と予言されている。
それは「生きることも死ぬこともできない苦しみ」だと、「ヨハネの黙示録」も『日月神示』も共通して述べている。

そして、約5ヶ月後の2012年12月22日、ついに地球の自転が停止する。
同様の仮説は偶然にも、聖者カルキも唱えている。
つまり、1999年8月18日にグランドクロスに磔にされた地球が、遂に死を迎えるのだ。
勿論、これは仮説であるが、イエスがロンギヌスの槍で3ヶ所突かれて死んだ事は、地球の3ヶ所に小隕石が落下する事を暗示している。
それが引き金となって地球磁場が消滅し、地球の自転が止まる可能性がある。
だが、イエスの死は「復活」と「昇天」の通過儀礼である。
一度死んだ地球も、イエス・キリストよろしく3日後に復活する事になるだろう。
その日はまさに、イエスの誕生日とされるクリスマスである。
結論として、2012年12月25日に「イエス・キリスト」が再臨し、「ミロクの世」が始まるのだ。

ここで、もう一度振り返って分析してみよう。
本来、1993年から艱難の7年を経て、2000年から「ミロクの世」が始まっている。
だが、これは雛型経綸(リハーサル)のようなもので、『日月神示』に「12年遅れている」と示されている通り、2012年末から「ミロクの世」が始まるという事で合点する。
結論、2013年頃から「ミロクの世」になると言いたいところだが、『日月神示』の次の予言も二段階の話だと解釈して良いだろう。

「今度の岩戸開きの大望済みたとて、すぐに良いことばかり無いのざぞ」

実際にナザレのイエスが再臨する訳ではなく、すぐに世界が平和になる訳でもない。
何故なら、その日から2020年までが「艱難の7年」の本番となると考えられるからだ。
私の推測では、2013年から世界恐慌、世界大戦、地球規模の天変地異が起きるのではないかと思われる。
『日月神示』には「20年遅れている」という表現もあるが、2000年を起点とすると「2020年」という事で合点する。
2020年なら、まだ暫くの猶予があるように思うかも知れないが、ここでよく考えて頂きたい。

@まず、人間はいつ死ぬか分からないということ。
毎日全国で無数に発生している交通事故や突然死を始め、頻発化する天変地異を見れば「明日は我が身」である事が分かる。

Aもう1つは、「空飛ぶような人」と「地を這う獣のような人」に二極化するということである。
これは精霊界の「エンマの鏡」と同じような作用で、人間の本性が剥き出しになり、「善的人間」と「悪的人間」の2種類の人間に分かれるという意味である。

そして神示は、このように忠告している。

「子(ね)の年真ん中にして前後十年が正念場」

「前後10年」とは、普通は前10年と後10年を指し、2008年を基点とすると、正念場は「1998年〜1018年」までとなる。
が、2013年から「ミロクの世」になるのであれば、明らかに遅すぎる。
そこで1996年を基点とすると、「1986年〜2006年」までとなる。
では、2006年以降は正念場ではないのか……。
そこで、2008年を基点として、前5年と後5年と解釈すると「2003年〜2013年」までが正念場ということになる。

「子」という文字は「一(はじめ)」と「了(おわり)」を意味し、前後10年というのは、「2003年〜2013年まで」の10年間が立て替え立て直しの時期だということになる。
その立て替え立て直しのクライマックスが「2012年」で、2013年から「ミロクの世」が始まるということだ。
ミロクとは、釈迦が説いた末法の世に現れる「弥勒菩薩」のことで、キリスト教でいう「イエス・キリスト」が再臨する年である。
そして、イエスは「私は最初であり、最後である」と名乗り、「子(御子)」である事を宣言したが、それは結局、我々に何を伝えているのだろうか……。

まず、2012年の間には、Aの傾向性がある程度明確になってくるはずである。
何故なら「子の年真ん中に前後10年が正念場」だからである。
子の年が2008年にあたるとしたら、2003年頃から2012年頃までが正念場という事になる。
今が正念場のクライマックスである事は、頻発化する天変地異を見れば分かる通りだが、終末のXデーは刻一刻と加速度を付けながら迫っている。

時間の加速化について、確かに日々の仕事が増加傾向にあり、爪や髪が伸びるスピードも速くなってきている。
情報量の増大や時代の変化も、めぐるましい勢いで加速している事は誰もが実感しているはずだ。
この時代に金儲けに夢中になったり、趣味に没頭する事ほど呑気な事はない。
2012年12月23日に時間がゼロポイントに達し、仮説通り「時間が終焉」を迎えるとどうなるのか。
恐らく、「混沌」の時代に突入し、「艱難の7年」の本番が始まると思われる。
一度に立て替えると丸潰れとなるので、二段階に渡って立て替えが起こる仕組みである。

聖書や大本神諭の予言によれば、人類の2/3が淘汰されるという。
救世主スサノオだった王仁三郎は、「自分が現れたのはナオの予言(大本神諭)を外す為である」と語っている。
だが、王仁三郎は「ミロクの世の日本人口は5000人になる」と予言している。
『日月神示』でも「何もかも三分の一になる」と示されている一方、次のような記述もある。

「残る臣民三分難しいぞ、三分と思えども二分であるぞ」

日本の人口が1億2000万人だとすると、3%(360万人)残るのも難しく、2%(240万人)であるという解釈が出来る。
消費税が2%だったら国民大喜びだが、残る人口2%は少し寂しい。
世界の人口で考えると、どうなるだろうか……。
国連人口基金の推計によると、2010年10月に69億人を突破し、2011年中には70億人を超えると予測されている。
そのペースで行けば、2012年12月22日には72億人くらいになるだろう。
72億人の2%は1億4400万人だが、偶然にもこの「144」の数字は、黙示録に記される選民の中の選民の数「14万4000人」と符合する。
ネズミが異常繁殖の末に集団自殺をするように、人類も人口爆発の末に集団自殺をすることになる。
これは年々増加している自殺率も含めての話だが、天変地異や交通事故などで死ぬのも「自殺」である。
少しだけ解説すると、次世代の波動と合わない為に、魂自らが肉体の自己完結を遂げているのだ。
運命論やカルマの法則などの話を持ち出すにしても、結局は「自己責任」という事になり、魂自らが肉体の死を選んでいるということになるのだ。
スウェデンボルグによると、地獄に堕ちて苦しむ霊は、実は自ら安住の地として地獄を選んでいるという。
それと同じような理屈だと考えてもらいたい。
総ての現象が内面の顕れであるなら、天変地異や交通事故による不慮の死も自殺行為なのだ。

さて、日本人口の2%(240万人)が生き延びるとすれば、5000人よりは遥かに多く生き残れることになるが、王仁三郎予言のように富士山が大爆発で隆起し、日本列島の端から端までが富士山の裾野になれば、5000人生き残るのも難しいと思われる。
果たして、そんな事が現実に起こるのか……。
『日月神示』にも「日本はお土が上がる」と予言されているので、王仁三郎にもそのようなビジョンが見えていたのだろうか。

「神の仕事しておれば、どこにいても、いざという時には神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一ぞ」

「いざというときには神が知らして、一時は天界に釣り上げる人間もあるのぞ。
人間の戦や獣の喧嘩くらいでは何も出来んぞ。
くどう気つけておくぞ。何よりも改心が 第一ぞ」


この記述は、黙示録の「空中携挙」、法華経の「虚空会」を彷彿させる。
UFOが一部の人間を救出してくれる事もあるだろうが、この予言の本質的な意味は「一時的なアセンション」を意味する。

「何処にいても救う者は救うと申してあろうが。悪き待つキは悪魔のキざぞ」

「どこにどんな事していても、助ける人は助けるのざぞ。
神の御用ある臣民安心しておりてくだされよ」

「原爆にも水爆にもビクともしない肉体となれるのであるぞ」


津波が襲ったすぐ傍の家に全く被害がなかったり、原爆の爆心地の家に全く被害がなかったり、
爆弾テロのすぐ近くに居ても奇跡的に助かった人がいたり、飛行機が墜落しても生きている人もいるし、かつて、私も交差点でトラックと顔面が衝突したが無傷だった。
富士山が噴火した時に火口に居ても、助かる人は助かるだろう。
原爆でもびくともしないという事は2013年〜2020年の間には、一部の人類は半霊半物質の超人進化が始まると考えられる。
尚、終末論を考えるのは「悪き待つキ」ではなく、終末の大難を回避する為である事を理解して頂きたい。

終末論を考える事は決してネガティブな事ではない。
終末の兆候を無視したり恐怖したりするのはネガティブだが、終末を認識して対策をする事は、身魂磨きに不可欠な積極性である。
普通に考えて、世界が進んでいる状況は決して明るい未来ではなく、世界の破局である。
正念場と言う事は、「忌」まわしい己の心を内観して浄化する事である。
内観によって多くの人が、終末のカタストロフィーの原因と全責任は「自分の中にあった!」という事に気づくはずである。
それに気づかない限りは、根本的な改心とは呼べず、大悔悟に至る事はないだろう。

「世界見て己の心早う改心致されよ」

「戦恐れてゐるが、臣民の戦位、何が怖いのぞ。
それより己の心に巣くうている悪のみたまが怖いぞ」


終末論を真剣に考えば、自分の内面に辿り着く。
自分の内面こそが、地球環境を破壊し、人類を滅亡させる元凶だった事に気づくべきである。
それをポジティブ思考で乗り越えようとするのは、「偽のプラス思考」で悪想念の上塗りをする愚行に過ぎないのだ。
それをクリアした段階で初めて、至福千年王国(ミロクの世)のビジョンが自分の内面に映し出されるようになる。
その至福千年王国を統治する王の正体は、人間の心の岩戸の中の主・キリスト(真我)なのだ。
「イエス・キリストの再臨」とは、真我に目覚める事を意味し、それが現象界に顕れて「至福千年王国」が完成するのだ。

黙示録は「至福千年王国」について、次のように告げている。

「これらの言葉は信ずべきであり、誠である」

「誠」とは「言う事が成る」と書き、「予め言う」のが「予言」である。
故に、至福千年王国の建設マニュアルである『聖書』の予言は必ず成就する事になる。
但し、大難を小難に、小難を無難にする為に、ルシファーの預言書『日月神示』が降ろされたのだ。
何故、日本なのか……日本列島がルシファーの肉体であり、世界の雛形である日本人の意識進化が鍵を握っているからだ。

黙示録によると、空中携挙されるのは「真のクリスチャン」だという。
真のクリスチャンとは、キリストを唯一の「主」として帰依する者を指す。
残念ながら、現在のキリスト教徒の中には「真のクリスチャン」は存在しない。
それは、約2000前に処刑されたナザレのイエスを「唯一の主」としているからである。
何故なら、真のキリスト(イエスが言う「私」)の正体は、胸の岩戸に宿る天照大神(真我)だからだ。

イエスは次のような事を述べている。

「私はあなた方の手や足よりも近くにあり、心の扉を内側からノックしている者である」

また、イエスは「私はある」と名乗っているが、これはヤハウェ(YHWH)を意味する。
YHWHの四文字は、神道でいう「一霊四魂」を指している。
黒住宗忠は、それを「天照大神の分け魂」だと説いた。
つまり、イエスは人間の本質が「キリスト」である事を悟り、それを説いたのである。
天照大神が岩戸に隠れ、偽の天照大神が出てきたという話は、人間が自我に支配されて真我に目覚めなくなった事を表現している。
天照大神の岩戸隠れを「イエス・キリストの死」とするならば、その後に岩戸から出てきた偽の天照大神(偽キリスト)の正体はローマ・カトリック教会である。
それがナザレのイエスを絶対神と定め、真のイエスの教えである「真我」に目覚めさせなくさせている元凶なのだ。

そのキリスト教の教義を破壊し、人類の心の岩戸を破壊し、キリスト教に反対する者が「真の反キリスト」であり、それは日本から登場する事になる。
反キリストは西洋と対立する東洋から現れるはずで、ルシファー(国常立尊)の預言者である以上、日本から現れるだろう。
その人物は「真我」を説き、西洋の物質文明(体主霊従主義)に対抗する「霊主体従主義」を説き、金銭や物質を手に入れる為の西洋の成功哲学を破壊し、政財界に何らかの影響力を持って文明の転換に死力を尽くす事だろう。
本当は、内在神である真我は我々の外側の「宇宙そのもの」でもあり、霊主体従と体主霊従が融合した「霊体一致」が真理なのだが、変革を起こす為にはまず逆方向から攻めなければならないという事である。

辛い物を食べたら、水よりも甘い物を食べた方が中和する。
体が冷えた時は、適温よりも暖かい温度で体を暖める。
暑い時や火傷をした時は、その逆である。
「ゼロポイント」にする為には、マイナスに対してプラスで攻めるという原理である。
そして、人体を十字架に見立てた場合、胸の中心こそが「ゼロポイント」になるのだ。
結論として、666(ミロク)が「再臨のイエス・キリスト」なのだが、その詳細は神仙組2「善悪逆転論編」をご覧頂きたい。
posted by チェンリー at 21:18| Comment(4) | 真の闇帝王と出雲族封印の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月28日

皇祖神「天照大神」と初代天皇「神武天皇」の正体

今年は皇紀(神武暦)2672年だが、岩戸開きが始まった今、
日本史の根源的な歪みを修復しておくことが急務である。

『日本書紀』の神武天皇元年正月朔の条に
「辛酉年春正月庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮是歳爲天皇元年」と記されている。

簡単に言うと、「神武天皇が橿原宮で即位した辛酉の年の
春正月を天皇元年とする」という意味である。
西暦に対応させると、紀元前660年2月11日になるということで、
2月11日が「建国記念日」とされているのだ。

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だが、辛酉は60年ごと巡ってくるため、年代は特定できない。
では、なぜ紀元前660年とされたのか……。
そこに聖徳太子の陰謀がある。

六十干支は60年周期だが、
それを21倍した「1260年」という周期もある。
以前も同じような「聖徳太子陰謀説」を書いたが、
聖書やノストラダムスの予言も「1260年周期」に基づいている。

結論から言うと、聖徳太子は西暦601年(推古9年)の辛酉の年から
1260年を引いた「紀元前660年」を神武天皇即位の年と定めたのである。

中国では「辛酉の年」は革命が起こって王朝が倒れる年だと考えられ、
「辛酉革命」とよんで恐れていたという。
もちろん、聖徳太子は「辛酉革命思想」や
「1260年周期」のことも熟知していたはずである。

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年表を見ると、西暦601年(推古9年)の辛酉の年に、
聖徳太子が斑鳩宮(上宮王家の拠点)を建立している。
革命的な出来事は特になかったように見えるが、
斑鳩宮を建立して天皇中心の新しい国体の構築を
始めたことが「革命」だったと言えるだろう。

その1260年前の辛酉の年を、
初代天皇である「神武天皇」の即位の年としたのである。
それによって天皇家の権威を増す目的もあったと思うが、
最大の目的は、暦の操作によって、日本国民の無意識を
操作することが目的だったのである。

推古天皇は第33代とされているが、
実際には初代天皇から推古天皇まで33代もない。
仮に33代まで続いていたとしても、
天皇の即位から防御までの期間を平均「50年」と仮定すると、
紀元前660年から西暦601年までの1260年間の間に、
252人の天皇が存在しなければならない。

つまり、推古天皇は第252代くらいになるはずで、
初代天皇の即位が紀元前660年だったというのは無理がある。

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伯家神道の予言によると、皇太子が天皇に即位する際に行われる
「祝神事」が100年間、或いは4代行われないと天皇家は滅びるという。
その100年目が今年の7月30日だったが、今のところ天皇家は滅びていない。

普通に考えると、今年中に天皇家が滅びるとも思えない。
では、来年以降に天皇家が滅びるのかというと、そうではない。

出口王仁三郎は、広島と長崎の原爆投下を予言し、
広島は昭和天皇「ヒロヒト」、長崎は皇后「ナガコ」を暗示し、
日本の敗戦は天皇家にお詫びをさせるためだったことを明らかにした。

翌年1946年の元旦、昭和天皇が「人間宣言」をして、
現人神とされていた天皇は「人間」となり、天皇家の権威は失墜した。
『大本神諭』では痛烈な天皇批判がされていたが、
『日月神示』では天皇が世界を治める神となることが予言されている。

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詳しい話は以前書いたので省略するが、
現在の天皇家の時代は終焉を迎えるということである。
だが、現在の天皇家が滅びるわけではない。

現在の天皇(日向族)の血統に、本来の天皇(出雲族)の霊統が
復活することで「世界天皇」が誕生するのだ。
それが、ユダヤ教が予言する「ダビデ王の末裔のメシア」であり、
キリスト教が予言する「キリストの再臨」であり、
仏教が予言する「弥勒菩薩の下生」なのである。

もちろん、それは一人一人に当てはまることなのだが、
人類の中心となる特定の人物が「天皇」だということである。
そこで、新しい時代が始まったことにより、
「アカシックの修復」のために再認識して頂きたいことがある。

皇祖神「天照大神」と初代天皇「神武天皇」についてである。

秦氏によって、イエス・キリストも「天照大神」に習合しているが、
それは別として、皇祖神とされる天照大神は女神であり、
それはスサノオと呼ばれたフツシの日向の妻だった「アマテラス」、
『魏志倭人伝』で言うところの卑弥呼のことである。

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だが、卑弥呼は「神功皇后」として描かれているので、
真の皇祖神「天照大神」は別に存在するということになる。

天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
(あまてるくにてるひこあめのほあかりくし たまにぎはやのみこと)

スサノオとクシナダヒメの第5子で、
スサノオの後継者でもある「ニギハヤヒ」、
それが男神「天照大神」で真の皇祖なのである。

暴風雨神「バアル」の子が太陽神「ミトラ」だが、
スサノオは「バアル」、ニギハヤヒは「ミトラ」に対応する。
そして、ミトラ(マイトレーヤ)は救世神として終末に再臨するが、
それが「キリストの再臨=弥勒下生」と呼ばれているものである。

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神武天皇から始まる天皇家は「日向族」の血統である。
神武天皇は、ニギハヤヒの後継者イスケヨリヒメを娶っているので、
天皇家は日向族と出雲族との統合による家系ではあるが、
出雲族の系統は天皇家から排除され、歴史から抹殺されてきた。

ニギハヤヒこそ、皇位継承の証「十種神宝」を持って大和で即位した、
出雲系の初代天皇だったのだが、それが真の皇祖神の正体なのだ。
そのニギハヤヒ(キリスト神霊)が天皇に霊的再臨することにより、
天皇が「現人神」として復権して世界を統治することになるのである。

天皇のことを「天子様」というが、『日月神示』には次のように示されている。

「今度の戦済みたら、てんし様が世界中治しめて、外国には王はなくなるのざぞ」

「七王も八王も作らせんぞ、一つの王で治めさすぞ。
てんし様が世界みそなわすのざぞ」

「神にとけ入れよ、てんし様にとけ入れよ立て直しと申すのは
世の元の大神様の御心のままにすることぞ。御光りの世にすることぞ。
てんし様の御稜威輝く御代とすることぞ。
三四五とはてんし様の稜威出づことぞ。
神が世界の王になる。てんし様が神と判らん臣民」


「伊勢神宮の完成」と「キリストの再臨」と「宗教破壊」
http://kemono666.seesaa.net/article/299507743.html
『竹内文書』と『日月神示』が予言する天津日嗣天皇の再臨
http://mujaki666.seesaa.net/article/167655629.html
『日月神示』と岩戸成る「平成」の悠仁親王の君が代
http://mujaki666.seesaa.net/article/167659607.html
改竄された日本の古代史
http://jew-beast.seesaa.net/article/153734614.html

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もう1つ重要なことがある。
初代天皇は「神武天皇」である。
ニギハヤヒが事実上の初代天皇であれば、
「真の神武天皇」の正体はニギハヤヒということになる。

『記紀』に記されている神武天皇は、
ニギハヤヒの後継者であるイスケヨリヒメと結婚し、
第2代天皇となった日向族の「イワレヒコ」である。

日本史における第2代天皇は「綏靖天皇」で、
それが実在した人物かどうかは不明である。
また、私は「綏靖天皇=イワレヒコ」と言っているわけではない。

事実上の初代天皇である「真の神武天皇」がニギハヤヒで、
第2代天皇が「イワレヒコ」だったということを主張しているのだ。
なぜ「真の神武天皇=ニギハヤヒ」に拘るかというと、
その認識を持つことが重要だからである。

真の皇祖神「天照大神」もニギハヤヒだが、
それは人間界のニギハヤヒではなく、
あくまでも太陽神(キリスト神霊)のことであり、
その御魂を宿した初代天皇が「ニギハヤヒ」だったのだ。

「神武天皇」という名称は「初代天皇」の代名詞である。
ゆえに、神武天皇は「ニギハヤヒ」でなければならないのだ。
もちろん、そのような単純な理由で説得するつもりはない。

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アリオンによると、神武天皇の東征神話の真相は、
日向国のイワレヒコがニギハヤヒ王家に養子に入るために、
大和入りしたときのエピソードだという。

また、アレクサンドロスの東征伝説をなぞって、
神武天皇の東征神話が創作されたことは間違いない。
だが、そこからが問題である。

アレクサンドロスはアケメネス朝ペルシアを征服し、
古都「スサ」の王として即位した。
その「スサの王」が「スサノオ」の語源である。
また、アレクサンドロスは「双角王」と呼ばれたが、
それもスサノオ(牛頭天王)の二本角とシンクロしている。

アレクサンドロスはエジプトではファラオに即位し、
「太陽神アメンの子」を名乗ったが、
それは黄金の子牛「アモン=バアル」である。
それらのシンクロは文字通り「意味ある偶然の一致」で、
歴史的必然だと言って良いものである。

その「スサの王」という肩書きを継承してきたのが出雲族で、
日本建国の父であるフツシが「スサノオ」と呼ばれていた。
従って、アレクサンドロス伝説を重ねた「神武天皇」は、
出雲族のスサノオであって、決して日向族のイワレヒコではない。

だが、スサノオは出雲で生まれて出雲で亡くなっている。
また、スサノオは出雲の大王ではあったが、初代天皇ではない。
そのことから、大和に東遷して初代天皇となったニギハヤヒが、
「真の神武天皇」と呼ぶべき存在だということである。

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「出雲族=イスラエル10支族」「日向族=ユダヤ2支族」
という仮説を発表してきたが、それは間違いないと思われる。
天皇の古語である「スメラミコト」はシュメール語で、
古代シュメール人が日本列島に移住したと言われいてるが、
それも事実であろう。

だが、シュメールの首都ウル(「牛」の意)から出発した
アブラハムの子孫からヤコブ(イスラエル)が生まれたので、
イスラエル民族もまたシュメール人の末裔であるがゆえに、
彼らも「スメラミコト」の名称を受け継いできた可能性がある。

そして、日本に渡来した出雲族(イスラエル10支族)が、
日本の先住民である国津神を併合して出雲王国を樹立した。
国津神には世界各地の人種がいたが、「スメラミコト」
と呼ばれるシュメール系の王が中心となっていたようだが、
出雲族のスサノオ王家と融合し、スサノオが大王となった。

それが私の仮説だが、そう判断して間違いではないだろう。
イスラエル10支族がいた北イスラエル王国の首都はサマリアだが、
スメラミコトはヘブライ語では「サマリアの王」という意味だという。

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イワレヒコの正式名は「カムヤマトイワレビコ」だが、
ヘブライ語とアラム語で次のように読めるという。

カム=「KUM」創立
ヤマト=「YA・UMATO」神の民
イワレ=「IWRA」アラム語でユダヤ人
ビコ=「BEKHOR」最初に生まれた子


諸説あるが、全体的な意味はともかくとして、
「神の民」を名乗るのはアテン信仰のユダヤ人である。
「ヤマトイワレ」で「神の民ユダヤ人」ということは、
明らかにイスラエル10支族ではないことを示している。

その観点からも、「出雲族=イスラエル10支族」
「日向族=ユダヤ2支族」であることを裏付けることができる。

私の説を基にして将軍が作成してくれた。
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また、日本に渡来した日向族の王は「イザナギ」と呼ばれた人物で、
「イザナミ」との間に「アマテラス」という娘が生まれた。
つまり、日本にユダヤ人が入ってきたのはアマテラスの時代なのだが、
『ガイアの法則』にも同じことが書かれていた。

「あなたの国、日本の歴史は、あなた方が神話として知る
アマテラスの時代からユダヤの血縁が関与している」


また、次のように示されている。

「民族の歴史というものは、その民族の
始まりとなった人物のソウルパターンに導かれる」


それゆえ、日本人の集合的無意識(アカシック)の修復のために、
1人でも多くの人々の歴史認識を変える必要があるのだ。
特に、今回述べた「真の皇祖神」と「真の神武天皇」の正体が
「ニギハヤヒ」であり、その再臨が太陽神ミトラ(マイトレーヤ)、
いわゆる「キリストの再臨=弥勒下生」の真の意味だと知ってもらいたい。

それがナイトルシファーの活動の1つでもあるが、
将軍がツイッターを開設してくれたので紹介しておきたい左斜め下
https://twitter.com/SATANIC_JAPAN


posted by チェンリー at 01:21| Comment(3) | 真の闇帝王と出雲族封印の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする